語り部さるたのおすすめ日本の歴史上の人物 100選

さるたびこは、日本の神話に登場する導きの神様です。その名に因んで、語り部さるたが、日本の歴史に大きく影響のあった人物を語ります。

とんち話で有名な一休さん ”一休宗純(いっきゅうそうじゅん)”

一休宗純 // 一休宗純(いっきゅうそうじゅん) 1394~1481年 享年88 一休宗純は、室町時代の臨済宗の禅僧です。 とんち話で有名な一休さんです。 一説には、後小松天皇の落胤とされています。 // 政治と癒着し腐敗した仏教界を批判をする一方で、肉食や女…

応仁の乱の片方の旗頭 ”細川勝元(ほそかわかつもと)”

細川勝元 // 細川勝元(ほそかわかつもと) 1430~1473年 応仁の乱の片方の旗頭である細川勝元は、 16歳で室町幕府の管領に就任しました。 // 管領となった勝元は幕府内の権力者、畠山持国に対抗するため山名宋全と同盟関係を結び勢力をなしました。 しか…

応仁の乱を起こし戦国時代の幕を開けた守護大名 ”山名宋全(やまなそうぜん)”

山名宋全 // 山名宋全(やまなそうぜん) 1404~1473年 享年70 山名宋全は、室町時代中期の守護大名です。 幕府創立期には、全国に11ヶ国の所領があった山名氏も山陰3ヶ国に衰退していました。 // 宋全は、山名氏の家督を継ぎ家名の再興をめざします。 …

南北朝を統一した室町幕府三代将軍 ”足利義満(あしかがよしみつ)”

足利義満 // 足利義満(あしかがよしみつ) 1358~1408年 享年51 室町幕府三代将軍で, 幕府創立以来の懸案になっている、南北朝問題に取り組みました。 弱体化しているとはいえ、神器を所持している南朝が力を盛り返す可能性があり、幕府の政権を磐石なも…

室町幕府を開いた初代将軍 ”足利尊氏 (あしかがたかうじ)”

足利尊氏 // 足利尊氏(あしかがたかうじ) 1305~1358年 享年54 足利尊氏は、室町幕府の初代征夷大将軍です。 清和源氏の正流である、足利氏の嫡流に生まれ、下野の国足利の荘を治め鎌倉幕府の有力御家人でした。 // 1333年、倒幕に挙兵した後醍醐天…

鎌倉幕府を滅亡させた武将 ”新田義貞 (にったよしさだ)”

新田義貞 // 新田義貞(にったよしさだ) 1301~1338年 享年37 新田義貞は、鎌倉時代末期から南北朝時代の武将です。 八幡太郎源義家の四男源義国から始まる新田氏の嫡男として、上野の国新田の荘に生まれます。 // 源氏の正流でありながら、鎌倉幕府での…

最後まで朝廷に尽くした忠臣 ”楠木正成 (くすのきまさしげ)”

楠木正成 // 楠木正成(くすのきまさしげ) ?~1336年 楠木正成は、鎌倉時代末期から南北朝にかけての武将です。 後醍醐天皇の倒幕の企てを聞き、河内の豪族だった楠木正成は挙兵します。 総勢数万に及ぶ幕府軍は、後醍醐天皇のこもる笠置山を攻略し天皇を…

吉野に南朝を開いた ”後醍醐天皇 (ごだいごてんのう)”

後醍醐天皇 // 後醍醐天皇(ごだいごてんのう) 1288~1339年 享年 52 文保2年(1318)31歳で即位した後醍醐天皇は、本来臣下であるはずの武家が政治の実権を握り、天皇家は権威は失っていることに不満をもちました。 後醍醐天皇の不満は、鎌倉幕府…

蒙古の来襲を乗り越えた鎌倉幕府執権 ”北条時宗 (ほうじょうときむね)”

北条時宗 // 北条時宗(ほうじょうときむね) 1251~1284年 享年34 14歳で執権の補佐を務める連署に就任するなど、順調に出世をしてきた時宗が18歳のとき、蒙古帝国から朝廷に国書がとどきます。 // 朝廷は、”国書を受理せず”の回答をし、鎌倉幕府は、…

僧の堕落は富貴から起こるとし平僧の身分を貫いた、曹洞宗の開祖 ”道元 (どうげん)”

道元 // 道元(どうげん) 1200~1253年 享年54 内大臣、藤原通親の子として生まれますが、13歳で比叡山に登ります。 修行をするうちに、天台宗の教えに疑問をもつと同時に貴族化した比叡山に反感をもち山をおります。 道元は、鎌倉時代初期の僧で、曹洞…

浄土真宗の開祖 ”親鸞 (しんらん)”

親鸞 // 親鸞(しんらん) 1173~1262年 享年90 親鸞は、鎌倉時代初期の僧、浄土真宗の開祖です。 1173年(承安3)、京都に日野有範の子として生まれます。 世の中は、平安貴族の時代が終わり、武士である平氏の時代を迎えたころでした。 // 9歳のと…

鎌倉禅仏教 臨済宗の開祖 ”栄西 (えいさい)”

栄西 // 栄西(えいさい) 1141~1215年 享年75 栄西は、鎌倉時代初期の高僧で、禅宗(臨済宗)の開祖です。 13歳で比叡山に登り、天台の教えを学びます。 仏教の源である国へ渡りたいという強い願いのもと、無理を重ねて宋へ渡ります。 2度目の渡宋で…

鎌倉幕府初代執権 ”北条時政 (ほうじょうときまさ)”

北条時政 // 北条時政(ほうじょうときまさ) 1138~1251年 享年78 平安末期、伊豆国の豪族で桓武平氏流北条氏の出身。 平治の乱で源氏が滅んだあと、伊豆国へ配流された頼朝の監視役となります。 // 娘の政子が頼朝の妻となった縁から、治承4年(118…

浄土宗の開祖 ”法然 (ほうねん)”

法然 // 法然(ほうねん) 1133~1212年 享年80 法然上人は、平安末期から鎌倉初期の僧侶で、浄土宗の開祖です。 法然は美作の国の押領使の家に生まれましたが、9歳のとき父が夜襲を受け殺されてしまいます。 その後、比叡山に登り得度を受け、法然房源空…

平氏打倒の先がけとなった武将 ”源頼政 (みなもとのよりまさ)”

源頼政 // 源頼政(みなもとのよりまさ) 1104~1180年 享年77 平安末期の武将で歌人です。 清和源氏の一流である、摂津源氏の嫡男として生まれ、朝廷に仕え武勇の武士として名声を得ていました。 // 平治の乱のとき、同族の源氏の中でただひとり勝者の側…

平氏滅亡後、京洛北の地に余生をおくった、天皇の生母 ”平徳子 (建礼門院)”

建礼門院(寂光院) // 平徳子(建礼門院)(けんれいもんいん) 1155~1213年 平徳子は太政大臣平清盛の娘として生まれ、平氏絶頂期に高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を生みます。 // これにより、父清盛は天皇の外祖父として、揺ぎ無い権力を掌中に納めま…

奥州藤原氏の三代目 ”藤原秀衡 (ふじわらのひでひら)”

ふじわらのひでひら // 藤原秀衡(ふじわらのひでひら) 1122~1187年 平安末期に奥州平泉に一大勢力を築いた、奥州藤原氏の三代目です。 後三年の乱で、奥州の支配権を得た祖父清衡、独立した文化を築いた父基衡とつづき秀衡の代に奥州藤原氏は絶頂期を迎え…

平家を滅ぼした悲劇の武将 ”源義経 (みなもとのよしつね)”

みなもとのよしつね // 源義経(みなもとのよしつね) 1159~1189年 享年31 平安時代末期の武将で平治の乱で討ち取られた、源氏の棟梁源義朝の子です。 兄は、鎌倉幕府を開いた源頼朝になります。 平治の乱のとき、2歳の義経は母の常盤御前と共に平清盛に…

鎌倉幕府の尼将軍 ”北条政子 (ほうじょうまさこ)”

ほうじょうまさこ // 北条政子(ほうじょうまさこ) 1157~1225年 鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室です。 平治の乱の後、伊豆に流されていた頼朝の妻となり、頼朝が鎌倉に武家 政権を樹立すると御台所と呼ばれました。 // 頼朝の死後は、落飾して尼御台(あま…

平家を滅ぼし鎌倉幕府を開く ”源頼朝 (みなもとのよりとも)”

みなもとのよりとも // 源頼朝(みなもとのよりとも) 1147~1199年 享年53 源氏の棟梁 源義朝の三男として生まれますが、1159年に起こった平治の乱で父と兄が討死すると、捕らえられ伊豆国に流されます。 20年の流人生活の後、以仁王による平氏打倒…

都から平家を追い落とした武将 ”木曽義仲 (きそよしなか)”

きそよしなか // 源義仲(木曽義仲)(きそよしなか) 1154~1184年 享年31 源義朝の弟で、武蔵国に勢力があった源義賢の次男として生まれます。 父が、義朝の子、為平に討たれると信濃の木曽に逃れ、豪族中原氏のもとで育ちます。 // 1180年に以仁王…

武士による政権移行から朝廷を守った ”後白河法皇 (ごしらかわほうおう)”

ごしらかわほうおう // 後白河法皇(ごしらかわほうおう) 1127~1192年 享年66 第77代天皇です。 29歳のとき、弟の近衛天皇の急死より即位します。 この皇位継承をめぐって兄の崇徳上皇と争った保元の乱で、平清盛の台頭をゆるします。 // 平氏による…

鎌倉時代初期の漂白の歌人 ”西行 (さいぎょう)

さいぎょう // 西行(さいぎょう) 1118~1190年 享年73 西行は、平安末期から鎌倉初期の歌人です。 武門の名流である、秀郷流藤原家に生まれ、朝廷の警護をする北面の武士として勤めていました。 俗名を佐藤義清(さとうのりきよ)といいます // 23歳の…

平家を滅ぼした、源頼朝、義経の父親 ”源義朝 (みなもとのよしとも)”

みなもとのよしとも // 源義朝(みなもとのよしとも) 1123~1160年 享年37 清和源氏の嫡流として、京で生まれますが東国で育ちます。 鎌倉を中心に勢力をのばし、東国の豪族を傘下に納め強い基盤を持ちます。 // 1156年の保元の乱では、父の為義や弟…

武士として始めての太政大臣 ”平清盛 (たいらのきよもり)”

たいらきよもり // 平清盛(たいらのきよもり) 1118~1181年 享年64 平安時代末期に平氏の棟梁忠盛の嫡男として生まれます。 父、忠盛は宋との貿易を行い、兵力、財力を蓄えていました。 父の死後、平氏の棟梁になった清盛は、1156年に起こっ…

奥州に平泉文化を築いた武将 ”藤原清衡 (ふじわらのきよひら)”

ふじわらのきよひら // 藤原清衡(ふじわらのきよひら)1056~1128年 享年73 平安時代の奥州に、京にも勝る文化を約100年にわたって開いた平泉藤原氏の初代です。 清衡は、前九年の役で滅亡した安倍氏の母と亘理の権大夫という官職をなげうって安倍氏に…

大和朝廷の侵略に立向かった陸奥の武士 ”安倍貞任 (あべのさだとう)”

あべのさだとう // 安倍貞任(あべのさだとう) 1019~1062年 享年43 平安時代中期の陸奥国の武将。 朝廷の支配に帰属している陸奥や出羽国の蝦夷(えみし)は俘囚(ふしゅう)と呼ばれていました。 陸奥の俘囚、奥六郡の豪族、安倍氏の棟梁であった貞任は…

源氏武士団を築いた ”源義家 (みなもとのよしいえ)”

みなもとのよしいえ // 源義家(みなもとのよしいえ) 1039~1106年 享年68 清和源氏の嫡流として生まれた義家は、石清水八幡宮で元服をしたことから八幡太郎と称しました。 陸奥守の父頼義に従い、奥州安部氏との戦いに13歳で初陣します。 1051年に…

藤原系の武家の棟梁 ”藤原秀郷 (ふじわらのひでさと) 俵藤太”

ふじわらのひでさと // 藤原秀郷(ふじわらのひでさと)891?~958? 藤原秀郷の出自は、藤原氏北家の左大臣の藤原魚名の子孫と伝えられています。 幼時京都の近郊田原の郷に住んでいたので、田原(俵)藤田(とうた)ともいわれていました // 延喜16年…

関東の地で親皇を名乗った武士 ”平将門 (たいらのまさかど)”

たいらのまさかど // 平将門(たいらのまさかど)903~940年 享年37 889年、桓武天皇の孫の高望王(たかもちおう)は、平姓を賜与され臣籍降下し平高望を名乗ります。 長男国香、次男良兼、三男良将を伴って関東に赴いた高望王は、任期が過ぎても帰京せず…